W杯アジア最終予選 終盤について。

試合の個別にエントリをつくって、それぞれ慎重に見て、書くほどのエネルギーが残されていなかったので一つのエントリにまとめてみました。今更そのことを引き合いに出して書くのは卑怯だと思いますし、リアルタイムでの更新でもしない限り全くの説得力を持ちませんが、その辺は観戦記録でしかないので批判は受け付けません。そして非常に雑な書き方をしています。

■キリンカップ 日本対チリ / 日本対ベルギー

共に無失点で終えることが出来、得点も多く取ることが出来た。ただし、相手がベストメンバーではなく、最終予選で戦う際に存在するような緊張感を持った戦い方をしてくる状況に相手はないわけで、細部に緩さが見られるのは否めませんでした。その中でも相手を苛つかせ、悪質なファウルをさせてしまえる辺りに日本の好調具合を伺うことは出来ましたし、岡田監督が意識させ続けている、フォアチェックから高い位置で奪いショートカウンターを利用して攻める、運動量と早さを要求するサッカーも出来ていました。

問題点として挙げるとすれば、欧州から帰国したばかりの体調の整っていない選手を強行出場させる必要は何処にもなく、体調の整っている選手たちを利用して底上げを図る方が有意義であるぐらい、相手には気持ちの入っていないもので価値のない試合だったように見えました。キリンカップという名称であっても海外で試合をすべきではないかと思えるほどに。
その中で収穫があったのは本田圭佑のプレイでしょうか。独善的でボールを離さない部分は他の選手にみられない部分で、何が何でも自分でゴールを決めて、自分がヒーローになる、そんな風に見られるほどでしたが、プレイの質自体に問題はなく、右サイドでボールを展開し、ドリブル、クロス、シュート、それらは普段そのポジションに入る中村俊輔と比べても十分にやっていけるものだと思っています。
さらにその二人を比べた場合に本田圭佑の方が使いやすい選手だと思える部分に、左サイドからの攻めがあります。日本の攻撃がペナルティエリアに人数を入れられない弱点を抱えているのはどの代表であっても同じ事なんですが、左サイドに岡崎や大久保を入れておくことで左サイドの攻めと同時に中央に入ってきてペナルティエリアに入って仕事の出来る選手を配置するようになった。それによって中央から、そして右からの攻めの際に中の人数を揃えることが出来るようになり、サイドアタックからチャンスを得られる可能性が広がった。ただし、この部分がサイドに開いたときに右側にパサーを配するようにしているため中へ飛び込む選手が居ないのは相変わらずで、中村憲剛が回数を増やしていたとはいえ足りず、パサーであっても右サイドの選手が入り込む必要があった。その点で本田圭佑は中に入って体を張るプレイをしてくれていましたが、中村俊輔はそれをまったくしなかった。長い距離のパスや一発のパスで勝負を決めようとする姿勢や、チームでスムーズにボールを回す役割を果たすには十分であっても、日本の弱点を改善するためには、現状のシステムを維持するのであれば本田の方が可能性は広がるのではないかと思わせるものでしたね。

■W杯アジア最終予選 ウズベキスタン対日本

理不尽なファウルの判定があったとして、それらに苦しめられたのは事実ですが、形を上手く作れなかったのも事実でしょう。原因となったのはもちろん審判の笛であったとしても、それに対応すべきでやり方に固執するあまり招いたミスが幾つかあるように思えました。
例えば、フォアチェックから守備を行い、攻撃を組み立てていくいつものスタイル――キリンカップで大きく成功したもの――をこの試合もやっていたんですが、度重なるファウルの笛から流れが切られてしまい、連動したチェックを行えないままロングボールを放り込まれ対応する位置が下がっていってしまいました。そうなったときに何処まで後方で対処をするのか、フォワードは何処まで下がり、フォアチェックをどこまで継続するのか、体力の消耗と攻撃のチャンスを得るための動き出しのどちらを優先するのか、それらが曖昧なようにも見えました。これを岡田監督は「全然困った事ではなくて、問題はこぼれたボールをつないでいけなかったこと」と発言をしていますが、それは前へ行こうとする選手たちと、後方で対処しなければならない選手たちとの方向性の統一が出来ていなかったために間延びしてしまい、中盤中央は両方へ奔走しなければならなかったためにスタミナを削られてしまったと取るべきなのかもしれません。
もしどちらかに相手の出方如何によって方針を絞っていれば、このこぼれ球を拾うことは大きな問題になることはなく、ポゼッションを高めていけたのではないかと思ってしまうわけです。ポゼッションにしても、どの位置でどれだけの割合で縦に入れて、どのタイミングで裏を相手に意識させるのか。本気の勝負になったときに、選手と監督で何処まで状況に対応することが出来るか、それを見る上では重要で、あまり期待の持てないものだと感じることができました。

それともう一つは選手のコンディション不良もありますが、それは先の親善試合で無理矢理選手を起用したツケが回ってきたとも言えるわけで、岡田監督のミスだと言われて然るべきものでしょうね。それをさらりと「仕方ない」といってしまう当たりに監督としての不安がありますね。

■W杯アジア最終予選 オーストラリア対日本

先のウズベキスタン戦では日本の生命線(といつの間にかなってしまった)フォアチェックからボールを奪うに守備の構築の仕方は、審判の笛を中心にして破られましたが、この試合は以前に日本で戦ったときのように、オーストラリアに良いようにやられてしまい、効果をまるで感じませんでした。
海外組と俗に言われる選手たちで唯一残ったのは松井だけでしたが、その戦力の低下が招いたものだとは思えません。変わったのはその松井の部分のみで、フォアチェックの根幹を成す部分の選手たちはいつもの顔ぶれなのだから機能して然るべきでしたが、相手の方が一枚上手な対応から簡単にいなしてましたね。無理に高い位置へボールを出すこともしなければ、チェックによって慌てることもなく、後方でボールの受け渡しが出来るほどのポジションの取り直しをして、フォアチェックを縦に伸ばしてしまい、そこから一つ前にボールを出したときに囲い込めないだけの環境を作っていてパニックには陥らなかった。
それまで対戦した国や他のアジアの国々とは違い経験のある選手が多くいるわけですから、あのプレスで慌てるわけがない。となると、これまでそれが成功したのは親善試合のような相手が本気ではない試合か、格下相手でテクニックのないディフェンダーが中央にいるような国を相手にしたときぐらいなものです。オーストラリアに通用しないものが、世界の国々に通用するとは思えず、マスコミが煽ったものだとはいえ「ベスト4」とは口が裂けても言えそうにありません。

オーストラリアが日本のチェックをかいくぐっている間に日本のディフェンスラインはケネディとケーヒルの二人の対応のためにポジションを押し上げられず、全体をコンパクトに保てず、フォアチェックを機能させる可能性があった最後尾を含めた前への意識を全体として持てませんでした。そして間延びしたお陰で中央でもボールを扱えるようになり、フォワードにボールが収まる。幾つかファウルでそれを止めていましたが、相手のフォワードにまでボールが簡単に届けられる環境を作られてしまっている時点で、方針転換をしなければ消耗するだけというのは目に見えていました。

日本の攻撃の部分でも、オーストラリアは的を絞るのは容易いようで、チャンスはそれまでの試合に比べても少なかったように見えました。
左右からの攻撃こそ日本は多くやれていましたが、そこからサイドチェンジなどの長いボールを展開させることはなく、片側のサイドから始まり片側のサイドで攻撃を終えることが多く、オーストラリアが守備の陣形を片側に寄せてしまえばそれで済んでしまうほどに単調なものでした。反対側に広大なスペースがあったとしてもそこを利用すべく大きく開く選手が居ないのでは、相手の注意を引きつけられる選手が居ないわけで、よりそれをやりやすくしてしまう。
いくつかパスを回す選手が居なかったから、と言い訳も出来るわけですが、遠藤や長谷部がいなければ成り立たないような攻撃なら、もう一つのオプションを持っていなければ戦い続けられるわけが無く、彼らがいても、彼らを封じられてしまえばどうにもならないといっているようなものだから、もうどうにもならない。縦に伸ばされてしまえばどうにもならない。
基本的な部分は、前回対戦時と同じでしょう。

オーストラリア相手にフォアチェックをあっさりと破られてしまうのなら、本大会に出場する殆どの国がそれを破ることが可能でしょう。オーストラリアが弱い国で経験のない国だとは思いませんが、本大会に出場する国の中でずば抜けているわけでもない。同じようにプレスをかいくぐれる国は多く存在し、かいくぐれない国の方が少ないでしょう。だとするなら、それらの国々と同じグループにならなければ日本の持ち味は発揮させてもらえないことになる。となると、その状況で他にオプションがない今はグループリーグの突破すら怪しいのではないかと思う。組み合わせ次第では三戦全敗だって多いにあり得ると思っています。

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